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石巻レポート

被災地の水産業復興に向けて動き出した支援 (1/3)

水産業の地として名高い宮城県の実情

全国有数の水産業の地として知られる宮城県。震災前は気仙沼、石巻、塩釜など、全国的に知られる漁港をはじめ、県内に142の漁港と10の魚市場を抱えていた。太平洋に面する沿岸地域や三陸地方の沖合には好漁場が多数あり、サンマ、ギンザケ、タラをはじめとした魚類の水揚げが豊富。リアス式の深く入り組んだ海岸を利用して、カキやワカメなどの養殖業も盛んに行われていた。漁業と養殖業を合計した2008年の生産量は40万トン近くにのぼり、全国2位にランクインしている(注1)。

 その一方で、近年、漁獲量が減少傾向にあるのも事実。宮城県の場合、1986年には2008年の2倍にあたる約80万トンの生産量を記録していた。しかしこの年をピークに、90年代に入ってからは多少の増減を繰り返すものの、全体的に漁獲量は右肩下がりが続いている(注2)。

 漁獲量が減少している大きな要因のひとつが、人々の漁業離れだ。宮城県では1978年に3万人近くいた漁業者が、2008年には1万人を切るまでに減少している(注3)。特に若者の漁業離れが深刻で、代々続いてきた漁師の家業を子どもが継がないため、宮城県ではいまだに60代や70代の漁師が現役で働いていることも少なくない。その結果、漁業従事者の年齢構成は逆三角形の構造に陥りやすくなっている。

 豊かな海に恵まれながらも、人手不足と漁獲量の減少に直面していた宮城県。そこへ追い討ちを掛けたのが、東日本大震災の発生だった。

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宮城県は豊富な漁場に恵まれながらも、人手不足により漁獲量の減少が続いている(写真は石巻港)

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