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松川浦レポート

青ノリの名産地をよみがえらせる取り組み (1/2)

震災が一瞬にして奪った青ノリのライフサイクル

 福島県の北東部、相馬市に位置する松川浦は、東北地方を代表する潟湖(せきこ)のひとつ。面積は南北7キロメートル、東西1.5キロメートルにも及ぶほど広く、北端は幅100メートルほどの水路で太平洋とつながっている。水深はもっとも深いところでも5メートル程度と浅く、干潮時には全体の7割が干潟になるため、春から夏にかけて潮干狩りを楽しむ人たちであふれていた。

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松川浦は太平洋と陸地の間に位置する大きな湖だ

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その大きさは湖というより海を連想させる

 海から隔てられた松川浦の中は波が穏やかなため、海藻や貝類の養殖にも適している。特に青ノリやアサリの産地として名高く、青ノリは松川浦だけで年間生産高4億円(全国2位)を誇っていた。
 しかし、東日本大震災の大津波は松川浦の自然と養殖施設をことごとく破壊していった。
 震災当時、松川浦には青ノリを育成するためのノリ網が2万4千柵も設置されていたが、そのすべてが津波によって流された。ところどころに点在する小さな島々も破壊された。太平洋と松川浦を隔てる道路も決壊してしまうほど、津波の威力は強大だった。
 「30年以上かけて育ててきた青ノリが、震災で一瞬にして奪われてしまい、残念でなりません」
 相馬双葉漁業協同組合・松川浦支所(以下、松川浦支所)に勤務する高橋保雄さんは、悔しさをにじませた。

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高橋さんは震災が一瞬にして青ノリのすべてを奪い去ったと感じている

 青ノリは種が発育成長して、食べられる葉っぱのようなノリになり、その葉っぱがまた種を残していくというサイクルで養殖が行われる。松川浦では昭和50年代に青ノリの養殖が始まってからというもの、そのサイクルは連綿と受け継がれてきた。ところが震災により松川浦全体が壊滅的なダメージを受けたことで、サイクルが途切れてしまう危機に直面したのだ。
 2011年は震災の被害により松川浦の青ノリの収穫はゼロ。その影響で、市場の青ノリ価格は2倍近くに跳ね上がったという。養殖業者たちはガレキの撤去作業に従事するなどして、何とか収入を確保した。松川浦に停泊していた200隻を超える船は津波でほとんどが流され、沿岸に位置する松川浦支所の建物も1階部分が破壊された。

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津波で1階部分が破壊された松川浦支所も、修復されて今は元の姿を取り戻している

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松川浦支所の前には、津波で破壊された引き取り手のない船が数多く残っている

 震災前から高齢化が進む松川浦では、後継者となる若者たちを都会から呼び戻そうと努力もしていたが、その矢先の震災だった。唯一、不幸中の幸いと言えたのが、松川浦自体が防波堤の役目を果たしてくれたため、陸地部分への津波の被害が近隣地域に比べて小さかったことだ。
 「松川浦の一番の産業である青ノリの収穫ができず、収入面ではとても辛い思いをしました。ただ、他の地域に比べて建物は残ったほうですし、亡くなった方の数も少なかった。私たちはまだ恵まれているほうだと思います」
 防波堤となって被害を抑えてくれた松川浦を以前の姿に戻す意味でも、高橋さんは青ノリ養殖を復活させることに全力を尽くす必要があると考えている。

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