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重茂レポート

水産業の復活を目指す日本有数の漁業地 (1/3)

漁業者の明暗を分けた東日本大震災

岩手県宮古市に属する重茂(おもえ)半島。太平洋に大きく突き出る形で本州最東端に位置し、三陸海岸の半島の中でも最大面積を誇る。周辺の海域は、親潮と黒潮の寒暖流が交わるため、漁獲種類も豊富で良質な海産物が獲れる絶好の漁場区域だ。 実際、重茂半島の漁獲高は年平均20億円にのぼり、日本有数の漁業地として知られている。主力はワカメやコンブで、漁獲高の7割から8割を占める。他には、ウニ・アワビ・サケなども獲れる。昭和40年代に始まったワカメ養殖、続く50年代に始まったコンブ養殖は、日本でもっとも早いとされている。養殖に加え天然の海産物も豊富で、特に天然アワビは生産量で日本一を誇る。
リアス式海岸特有の断崖絶壁の地形に囲まれた重茂半島。その中心部の高台にあるのが重茂漁業協同組合(以下、重茂漁協)だ。高台に位置していたおかげで、震災による津波の被害を避けることができた。

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(左)重茂漁協の建物は半島中心部の高台にある
(右)建物の中には大漁と復興を願う旗が掲げられていた

 重茂半島はその昔、2つの村によって二分されていた。それぞれの村の漁協は半島の両端にあったが、合併して1つの村になる際、間を取って半島の真ん中に新たな漁協を設立した。今回の震災では、こうした過去の経緯が幸いしたのだ。
「津波の被害をまぬがれたことで、加盟する組合員の支援に集中できました。もし漁協も被災していたら、そうはいかなかったでしょう」
 重茂漁協の伊藤隆一組合長は、確信を持った表情でそう話した。

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震災当時の状況について語る伊藤組合長

 人口1700人ほどの重茂半島では、ほとんどの世帯が漁業に従事している。重茂漁協に加盟しているが組合世帯が397もあるのに対し、非組合は20世帯に満たない。ここでは「漁業をしないと食べていけない」と誰もが考えているし、事実、そのように生活してきた。
 しかし、震災の大津波は「漁業の半島」を容赦なく襲った。
太平洋に突き出る形の重茂半島は、周囲に波をさえぎる島などが何もないため、津波の影響を真正面から受けた。半島を襲った津波の高さは、最大で38.9メートルにも達したという。

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(左)重茂半島に襲来した東日本大震災の大津波(写真提供/重茂漁業協同組合)
(右)漁港から太平洋を眺めると、津波で破壊された防波堤以外、波をさえぎるものは何も見えない

 死者・行方不明者は50名にのぼった。その多くは、海辺に近い高台の家にいながら、「まさかここまでは来ないだろう」と思っていた人たちだった。 当時、重茂半島にあった全814漁船のうち、残ったのはわずか16船。家や船を流され、復興のめどが立たないからと、仕事を探しに半島を出て行く組合員もいた。
 過去に経験したことのない厳しい状況の中、重茂漁協では伊藤組合長をはじめ、全職員が一丸となって、組合員を支援するための活動を始めた。

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