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女川ブランディングプロジェクト レポート

女川の名を全国へ届ける試み (1/3)

水産業の復興が町の復興につながる

 「女川ブランディングプロジェクト」の運営主体である、復幸まちづくり女川合同会社が設立されたのは2012年9月。きっかけは、震災を機に民間団体として発足した復興連絡協議会での話し合いにあった。
 「復興連絡協議会で女川町の復興について何度も話し合いをした結果、経済の再生なくして復興はあり得ないという結論に至りました。女川町の基幹産業は水産業です。床屋や居酒屋、文房具店など、無関係に見える町の商売もすべて水産業につながっています。水産業が栄えることで町民の消費も活発になり、観光客も多く訪れる。結果的に町の商売も繁盛するのです。そこで復興連絡協議会に複数あった委員会のうち、まちづくりを担っていた委員会を法人化し、合同会社にしました。水産業の復興を通じて、女川町の産業界全体を盛り上げていこうというイメージでのスタートでした」
 復幸まちづくり女川合同会社で代表社員を務める阿部喜英さんは、合同会社が設立されるまでの経緯を話してくれた。阿部さん自身、新聞店の経営者であり、職業としては直接水産業に関係があるわけではない。そんな阿部さんが代表を務めていることからも、復幸まちづくり女川合同会社は町全体で復興に取り組むための組織だということがわかる。

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合同会社の設立経緯を話す阿部さん

 また、合同会社の設立にあたっては、女川町の町役場とも意見交換を重ねたという。
 「女川町を復興していく際には、可能な限り住民の意見を反映させたいというのが町長の考えでした。そこで町と住民との話し合いの場を作ったのですが、そこに復興連絡協議会の方たちや、のちに合同会社の社員となる方々も参加し、意見を交わしました」
 女川町の産業振興課で観光係の係長を務める土井英貴さんは、町と住民が一緒になって復興への青写真を描いていたことを教えてくれた。

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女川町が住民と一緒になって復興に取り組んでいることを強調する土井さん

 震災前、女川町には年間約20万人の観光客が訪れていた。人口1万人の小さな港町がそこまで多くの人々を惹きつけることができたのは、食べれば魚を見る目が変わってしまうと言われるほど新鮮な鮮魚と、高い技術に裏打ちされた加工商品の存在があったからに他ならない。一度、女川町を訪れた人は町の魅力に魅了され、何度も足を運ぶようになるなど、観光客のリピート率も高かった。
 しかし震災により、観光客は離れてしまった。
 復幸まちづくり女川合同会社では「女川ブランディングプロジェクト」を通じて、女川町全体をブランディングし、もう一度、町に観光客を呼び戻せるよう活動を続けている。

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