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田老町漁協贈呈式レポート

田老町漁協贈呈式レポート 地元のわかめを全国ブランドへ (1/3)

わかめの収穫前日に起きた震災

 2014年6月7日、岩手県盛岡市にある「いわて県民情報交流センター(アイーナ)」で、「復興応援 キリン絆プロジェクト」による水産業支援の贈呈式が行われた。今回の贈呈式は、田老町漁業協同組合(以下、田老町漁協)に対して行われる。
 岩手県宮古市に属する田老地区は、人口4,434人の太平洋に面した町。江戸時代や明治時代、また昭和の時代にも大きな地震を経験するなど、古くから悲惨な大津波に見舞われてきた。そうした経験を踏まえ、1966年、田老地区には全長1350メートルの巨大な防潮堤が完成する。
 しかし、東日本大震災の大津波は、田老地区の巨大な防潮堤を破壊し、乗り越えながら町の人々に襲いかかった。その結果、人口の4パーセントにおよぶ181名が犠牲となった。その中には田老町漁協の組合員48名も含まれていた。

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巨大な防潮堤を乗り越えた大津波に破壊された田老地区(写真提供/田老町漁業協同組合)


 漁業の被害も甚大だった。田老地区ではわかめの養殖をはじめ、天然のウニやアワビの漁などを行っていた。中でも養殖わかめは震災翌日に収穫を予定していたため、大きく成長したわかめはすべてが津波で流されてしまった。震災翌年も収穫はできず、養殖わかめは2年のブランクを経ることとなる。
 「田老地区は巨大な防潮堤で有名になりましたが、沖合で養殖される真崎(まさき)わかめも、知る人ぞ知る名産品なのです。その一方で、震災前から販売量が下降線をたどっていたのも事実でした。そこで震災を機に、町の復興のシンボルとして、真崎わかめのブランドを再生し、全国ブランドに育てようと考えたのです」
 田老町漁協で参事兼業務部長を務める前田宏紀さんは、「真崎わかめ」を活用した復興への思いを話してくれた。

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田老地区の復興に対する思いを語る前田さん

 「真崎わかめ」の養殖施設は、田老地区の沖合1キロから2キロの場所に設置されている。そこは親潮、黒潮、津軽暖流が交差する、栄養分が豊富な絶好の海域だという。同時に、沖合の常にうねりがある海域で養殖されるため、わかめが自由に動き回ることができ、天然で育つのと近い状態になる。

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「真崎わかめ」は天然わかめと同じような環境で育つ(写真提供/田老町漁業協同組合)

 「最初は復興のシンボルとして、秋鮭やアワビ、ウニを使った新商品を作ることに目を向けていました。でも、田老地区の名産品は何なのか、改めて見直したときに、やっぱり真崎わかめを盛り上げなければという結論に至ったのです」
 わかめの収穫は通常、春に最盛期を迎える。前田さんによれば、年度初めの収穫期にわかめの収穫量が落ち込めば、漁業者も町も雰囲気が暗くなるという。だからこそ、漁業の新年度を飾るわかめを、何とかしたかったに違いない。

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田老地区には「真崎わかめ」を使った様々な商品が存在する(写真提供/田老町漁業協同組合)

 「復興応援 キリン絆プロジェクト」を展開するキリングループでは、田老町漁協が取り組む「田老『真崎わかめ』ブランド再生プロジェクト」の趣旨に賛同。日本財団の協力のもと、ブランド育成、6次産業化による販路拡大、担い手・リーダーの育成をテーマとした水産業支援として、2千5百万円を支援することを決定した。

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