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七ヶ浜贈呈式レポート

七ヶ浜贈呈式レポート 魚貝類と農作物のコラボで町のブランド化を目指す (1/3)

三方を海に囲まれた小さな町を襲った震災

 2014年12月9日、宮城県七ヶ浜町にある七ヶ浜町生涯学習センター中央公民館で、「復興応援 キリン絆プロジェクト」による水産業支援の贈呈式が行われた。
 仙台から車で40分ほど東へ走った位置にある七ヶ浜町は、太平洋に出島のように突き出た町。人口は2万人弱で、面積は13.27平方キロメートルしかなく、「東北でいちばん小さな町」としても知られている。震災前は四季を通じて、シラウオ、アワビ、ヒラメ、サバ、カレイなど多彩な魚貝類が水揚げされたほか、海苔養殖も行われてきた。また、お米や大豆をはじめとした農作物の栽培も盛ん。地元の人々は、漁業と農業の両輪で町の産業を支えてきた。
 しかし、東日本大震災の大津波は、三方を海に囲まれた七ヶ浜町に容赦なく襲いかかった。
 津波により町の3分の1が浸水し、死亡や行方不明となった七ヶ浜町民の数は100名を超えた。避難のために町外へ転出する人も増え、震災前、2万人以上いた人口は8割近くにまで減ってしまう。町の主力事業のひとつである海苔養殖では、養殖に使われる筏がすべて流出。海苔を製造するための機械設備も、水害により半数以上が使用不能となる。その結果、20人を超える海苔の養殖業者が休業や廃業に追い込まれた。同様に、七ヶ浜町の農地も、瓦礫が残っていたり塩害がひどかったりなどの理由で、大部分が営農不能に陥ってしまった。
 こうした状況を打破しようと、七ヶ浜町では2013年10月に「株式会社七ヶ浜ハーバースクエア」が設立される。
 「震災前、七ヶ浜町で水揚げされる魚貝類は、ほとんどがそのまま市場に出荷され、地元の人でも食べることができない状態でした。一次品として出荷されるため、付加価値をつけることも難しかったのです。震災から町を復興させるためには、主力産業である水産業の復活は欠かせません。でも、水産業を震災前の状態に戻すのでは意味がない。そこで、新たな価値を加えられるよう、七ヶ浜町の魚貝類を自分たちで加工し、ブランド化しようと考えたのです」
 「株式会社七ヶ浜ハーバースクエア」で代表取締役を務める、安住政之さんが会社設立の背景を教えてくれた。

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安住さんは七ヶ浜商工会の会長でもある

 七ヶ浜町の魚貝類を加工する際には、農作物とのコラボレーションを積極的に行っていく。すでに地元の野菜と魚貝類を使用した、麹漬けなどの商品も開発されている。町の産業の両輪である漁業と農業を、フルに活用した取り組みだ。
 安住さんたちは震災後の早い段階から、水産品を加工してブランド化する取り組みを町に提案していた。農業も巻き込んだブランド化には、町全体で取り組む必要があると考えたからだ。しかし、当初は生活環境の改善やインフラの整備など、町としても取り組まなければならない課題が山積で、産業復興にまで手が回らなかった。それでも、安住さんたちが継続的に町に働きかけた結果、震災から約2年半の時間を経て、会社設立という形でスタートを切ることができたのだ。
 「復興応援 キリン絆プロジェクト」を展開するキリングループでは、「株式会社七ヶ浜ハーバースクエア」が行政、商工会、漁協、農協と連携しながら地域ブランドと雇用を創出する取り組み(七ヶ浜水産加工ブランド化創出プロジェクト)に賛同。日本財団の協力のもと、商品開発、メニュー開発、共通ロゴによるブランディング活動、販促プロモーション、ホームページによる情報発信などに2千5百万円を支援することを決定した。

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